音楽フェスの季節になると、ファンの間で最も盛り上がる話題の一つが「セットリストの予想」です。特に、そのバンドを象徴するような代表曲、いわゆる「定番曲」が演奏されるかどうかは、多くの観客にとって最大の関心事と言えるでしょう。しかし、時には誰もが期待していたあの曲が、あえてセトリから外されることがあります。
楽しみにしていたファンにとっては少し寂しい瞬間かもしれませんが、実はアーティスト側には明確な意図や戦略がある場合がほとんどです。フェスという特殊な環境において、なぜあえて定番曲を外すという選択がなされるのでしょうか。今回は、J-ROCKシーンにおけるセットリストの裏側に迫ります。
この記事では、フェスでセトリから定番曲を外す理由を多角的に分析し、アーティストがどのような想いでステージに立っているのかを詳しく解説します。フェスでの体験をより深く楽しむためのヒントとして、ぜひ最後まで読み進めてみてください。ライブの新たな見方が見つかるかもしれません。
フェスでセトリから定番曲を外す理由とその背景にある狙い

フェスは限られた時間の中で、自分たちの魅力を最大限に伝えるための戦場です。その中で定番曲を外すという決断は、アーティストにとって非常に勇気のいる行為です。ここでは、その決断の裏にある具体的な理由を紐解いていきましょう。
新曲や最新アルバムの世界観を優先するため
アーティストがフェスで定番曲を外す最も大きな理由の一つは、「今、自分たちが最も聴いてほしい曲」を優先したいという純粋な創作意欲です。特に新作をリリースした直後のフェス出演では、過去のヒット曲よりも最新アルバムの楽曲を中心に構成することがよくあります。
音楽家にとって、過去の成功は誇らしいものであると同時に、常に更新していかなければならない壁でもあります。最新のモードや自分たちが今表現したいメッセージを伝えるためには、どうしてもセットリストの枠が足りなくなってしまいます。その結果、泣く泣く定番曲を削り、新しい挑戦を優先させるという選択がなされるのです。
これは、アーティストが「過去の遺産」だけで活動しているのではないという、現在進行形の証明でもあります。ファンにとっても、その時その瞬間のアーティストのリアルな熱量を感じるためには、最新曲に重点を置いたセットリストは非常に価値のある体験となります。懐かしさよりも「今」を共有することを重視した結果と言えるでしょう。
フェスという限られた持ち時間による制約
ワンマンライブとは異なり、フェスには厳格なタイムテーブルが存在します。多くの場合、出演時間は30分から50分程度に設定されており、曲数に換算するとわずか6曲から8曲程度しか演奏できません。この限られた枠の中で、何を伝えたいかを絞り込む作業は非常に困難を極めます。
もし定番曲ばかりを詰め込んでしまうと、そのバンドの「深み」や「新しい一面」を見せる余裕がなくなってしまいます。定番曲は得てして演奏時間が長かったり、演出に時間がかかったりすることも多いため、テンポ良く自分たちの世界観を提示するために、あえて外す判断が下されることがあります。時間は有限であり、その中で最高のパッケージを作るための取捨選択です。
また、フェスでは転換の時間も決まっているため、機材のセットアップの関係で特定の曲が演奏できないという物理的な制約が生じることもあります。代表曲で特殊な楽器を使用する場合など、短い持ち時間の中でその準備に時間を割くよりも、シンプルに今の勢いをぶつけられる楽曲を選ぶ方が、フェス全体の流れとしてはプラスに働くことも多いのです。
長く愛される定番曲をあえて温存する戦略
あえて定番曲を「やらない」ことで、その曲の価値をさらに高めるという戦略的な側面もあります。毎回必ず演奏される曲は、安心感がある一方で「いつでも聴ける」という慣れを生んでしまうリスクも孕んでいます。そこで、あえてフェスという公の場で演奏しないことで、ファンの飢餓感を煽り、次への期待を最大化させるのです。
「今日はあの曲をやらなかったけれど、次のワンマンライブでは聴けるかもしれない」という心理は、ライブへのリピート率を高める要因にもなります。定番曲を温存することは、決してその曲を軽視しているわけではなく、むしろ大切に扱っているからこその判断です。特別な場所で、最高のタイミングで披露するために、あえてその場では手札を隠しておくという計算です。
このような戦略は、キャリアの長いベテランバンドによく見られます。数多くのヒット曲を持つ彼らにとって、どの曲を「外す」かは、どの曲を「入れる」かと同じくらい重要なメッセージ性を持ちます。定番曲がないセットリストを成立させること自体が、バンドの地力の強さを誇示することにも繋がっているのです。
フェスでのセトリ選定は、以下の要素が複雑に絡み合っています。
・最新の音楽性を提示したいという芸術的欲求
・持ち時間という物理的な限界への対応
・次回公演への期待を高めるブランディング戦略
これらが組み合わさることで、ファンを驚かせる「定番曲なし」のセトリが誕生します。
アーティスト自身の「飽き」や現状維持への拒否感
意外と見落とされがちなのが、アーティスト本人の精神的な側面です。何百回、何千回と同じ曲を演奏し続けていると、どれだけ素晴らしい名曲であっても、演奏することへの新鮮味が薄れてしまうことがあります。アーティストは常にクリエイティブでありたいと願う生き物ですから、現状維持を嫌い、自分たちを刺激するためにセトリを刷新することがあります。
定番曲を外して別の曲を演奏することは、ステージ上の緊張感を高める効果があります。慣れ親しんだ曲を演奏する安定感よりも、少し不安定であっても新しい挑戦をする際のスリルを優先するのです。そのヒリヒリとした緊張感は客席にも伝わり、結果として熱量の高いパフォーマンスへと繋がります。アーティストが自分たちの音楽を飽きずに楽しむことは、良いライブを作るための不可欠な要素です。
また、世間的なイメージ(パブリックイメージ)に縛られたくないという抵抗の表れである場合もあります。「このバンドといえばこの曲」という固定観念を壊し、他にも魅力的な楽曲がたくさんあることを証明したいという、ある種の意地のようなものがセトリに反映されるのです。これは、アーティストとしてのプライドと、常に進化し続けようとする姿勢の現れと言えるでしょう。
ターゲット層によって変化するフェスでのセットリスト構成

フェスには、自分たちの熱狂的なファンだけでなく、たまたま通りかかった人や、名前だけ知っているというライトな層も多く存在します。アーティストは、その場の客層を分析しながら、誰に向けて演奏するのかを常に考えています。そのターゲット設定が、定番曲を外すかどうかの判断に大きく影響します。
初見の観客を惹きつけるためのヒット曲投入
基本的には、フェスでは初見の観客を意識して定番曲を組み込むのがセオリーです。誰もが知っているイントロが流れた瞬間に会場全体が沸き立ち、ステージに注目が集まる効果は絶大です。まずは定番曲で心を掴み、自分たちの音楽を認知してもらうという入り口を作る役割として、ヒット曲は非常に強力なツールとなります。
しかし、あえてこのセオリーを無視する場合もあります。それは、ヒット曲のイメージだけで判断されたくないという強い意志がある時です。「あの有名な曲のバンド」ではなく、「今こんなにカッコいい音を鳴らしているバンド」として認識してほしい場合、あえて認知度の高い曲を排除し、現在の自分たちを象徴する楽曲だけで勝負に出ることがあります。これは非常にリスキーですが、成功すれば強烈なインパクトを残すことができます。
初見の人に対して「優しさ」を取るか「尖り」を取るか。この選択がフェスのセットリストのカラーを決定づけます。ヒット曲を惜しみなく披露するサービス精神旺盛なステージも素晴らしいですが、あえてそれを封印して世界観を貫くステージもまた、フェスの醍醐味と言えるでしょう。
コアなファンを満足させるための「レア曲」枠
フェスのステージは、時にコアなファンへのプレゼントとしての側面を持つことがあります。何度もライブに足を運んでくれているファンにとって、定番曲ばかりのセトリは少し物足りなく感じられることもあるでしょう。そこで、定番曲を一つ削ってでも、普段滅多に演奏しない「レア曲」を差し込むことで、ファンの忠誠心を高める効果を狙います。
「あのフェスで、まさかあの曲をやるとは思わなかった」という体験は、ファンにとって一生の思い出になります。定番曲を外したスペースに何を入れるかによって、アーティストがファンをどれだけ大切にしているか、あるいはどれだけ驚かせようとしているかが透けて見えます。レア曲の投入は、その場にいる全員を一つにする力を持っており、フェスというお祭り騒ぎの場に相応しいサプライズとなります。
ただし、レア曲ばかりになってしまうとライト層が置いていかれてしまうため、そのバランス感覚が問われます。定番曲を外す理由は、決してライト層を突き放すためではなく、コアなファンとの絆を再確認しつつ、バンドの音楽的引き出しの多さを見せつけるための高等なテクニックなのです。
複数回のフェス出演における「マンネリ化」の防止
夏フェスのシーズンなど、短期間に複数のフェスに出演する場合、すべての会場で同じセットリストを繰り返すと、熱心なファンは飽きてしまいます。また、SNSでセトリが即座に共有される現代において、次の会場での驚きを維持するためには、内容を柔軟に変更していく必要があります。その一環として、特定の会場ではあえて定番曲を外すという選択がなされます。
「前回のフェスではあの曲をやったから、今回はこっちの曲にしよう」というローテーションは、ツアーを回る感覚に近いものがあります。各フェスに独自の付加価値を持たせることで、全会場を追いかけるファンの期待に応えつつ、自分たちの演奏の鮮度も保つことができます。セトリの変化は、アーティスト自身のコンディション調整や、その土地の雰囲気に合わせるための工夫でもあります。
このように、一つのシーズンを通しての「物語」を作っているアーティストも少なくありません。あるフェスでは定番曲を外してストイックに見せ、別のフェスではヒット曲を連発して開放的に見せる。そのギャップを楽しむのも、フェス文化の面白いところです。セトリを外す理由は、常に最高のエンターテインメントを提供しようとする試行錯誤の表れなのです。
フェスのセトリは「一期一会」の要素が強く、アーティストは常に「その日、その場所でしかできない体験」を模索しています。定番曲が外れたときは、何かが変わろうとしている予兆かもしれません。
他の出演アーティストとの差別化を図る独自性
フェスには多くのバンドが出演するため、自分たちの出番の前後がどのようなアーティストであるかもセトリに影響します。例えば、前後のバンドが非常にキャッチーなヒット曲を連発するタイプであれば、あえて自分たちは定番曲を外して、よりマニアックで音楽性の高い楽曲を並べることで、自分たちの個性を際立たせることができます。
周りが「陽」の空気であれば、あえて「陰」の空気を作る。あるいはその逆。全体の流れの中で自分たちがどのような役割を果たすべきかを考えた結果、定番曲が不要だと判断されるケースです。フェスという巨大なパズルの一片として、最も効果的な形状を選ぶ作業の結果、ヒット曲が収まりきらなくなることがあるのです。
これは、音楽的なアイデンティティを確立させるための高度なセルフプロデュースです。単なる「盛り上げ役」に留まらず、唯一無二の存在として観客の記憶に残るためには、時には定番のスタイルを捨てて、独自の路線を突き進む覚悟が必要になります。その結果として生まれる「意外なセトリ」こそが、そのバンドの真の姿を映し出しているのかもしれません。
フェスのセトリから定番曲が消えた時に生まれる相乗効果

定番曲がないことで、そのライブが失敗に終わるかというと、決してそんなことはありません。むしろ、定番曲を外すことでしか得られないプラスの効果や、会場を包み込む独特の空気感が存在します。ここでは、その相乗効果について詳しく見ていきましょう。
過去のヒット曲に頼らない「今の自分たち」への自信
定番曲を演奏せずに観客を熱狂させることができた時、アーティストは大きな自信を得ます。それは「過去のヒット曲がなくても、自分たちの音楽は通用するのだ」という確信に繋がります。この自信は、その後の楽曲制作やライブ活動において、さらに大胆な挑戦を可能にするエネルギー源となります。
観客側にとっても、定番曲がないのになぜか最高に楽しかったという体験は、そのバンドの本質的な実力を思い知らされる機会になります。「曲が有名だから好き」なのではなく、「この人たちが鳴らす音が好きだ」という本質的な魅力に気づくきっかけになるのです。これは、アーティストとファンがより深い次元で繋がるための通過儀礼のようなものと言えるかもしれません。
ヒット曲という「盾」を捨てて、丸腰でステージに立つ。その潔い姿勢が放つオーラは、時に定番曲を演奏する以上の感動を呼び起こします。今の自分たちが鳴らしたい音に対して嘘をつかない誠実さが、観客の心に深く突き刺さるのです。その瞬間、バンドは過去のイメージを超越した、新たなステージへと昇華していきます。
セットリストの意外性がSNSでの拡散を生む
現代の音楽シーンにおいて、SNSでの反響は無視できない要素です。「まさかのセトリ」「神セトリ」「定番曲なしの衝撃」といったワードは、X(旧Twitter)などで瞬く間に拡散されます。予想を裏切る展開は、それ自体が強力なコンテンツとなり、フェスに行っていない人たちの間でも話題になります。
「あのバンド、あんなに売れているのに定番曲を一つもやらなかったらしいよ」という噂は、そのバンドの尖った姿勢やカリスマ性を強調するエピソードとして語り継がれます。予定調和を嫌う現代のリスナーにとって、このようなサプライズは非常に魅力的に映ります。セトリの意外性は、バンドの「今の勢い」や「話題性」を維持するためのマーケティング的な効果も持っているのです。
話題になるのは「やらなかったこと」だけではありません。その代わりに何を演奏したのか、その曲がどれほど素晴らしかったかという議論が巻き起こることで、過去の隠れた名曲に再びスポットライトが当たることもあります。セットリスト一つで、自分たちの音楽資産を再定義し、新たなファン層へアピールすることができるのです。
次回のワンマンライブへの期待値を高める演出
フェスで定番曲を聴けなかったフラストレーションは、実は強力なプロモーションになり得ます。そのフラストレーションを解消するために、ファンは次のライブのチケットを求めます。「フェスではやらなかったけれど、ワンマンなら絶対に聴けるはずだ」という期待感が、ライブへの動員を強力に後押しするのです。
また、フェスで最新曲や実験的な曲に触れることで、バンドの新しい方向に興味を持った観客が、より深い世界を知るために単独公演へ足を運ぶようになります。フェスを「ダイジェスト版」ではなく、あくまで「予告編」として機能させる。そのために定番曲をあえて隠しておくという手法は、長期的な活動を見据えた賢明な選択と言えます。
ワンマンライブはフェスとは違い、数時間にわたって自分たちの世界を構築できる場所です。そこで披露される定番曲は、フェスで焦らされた分、より一層の輝きと感動を持って迎えられることでしょう。このように、フェスとワンマンを切り分けて考えることで、アーティストは活動全体の起伏をコントロールしているのです。
アーティストの音楽的な進化をファンに提示する機会
音楽性は時間とともに変化していくものです。デビュー当時の曲と現在の曲では、メッセージもサウンドの質感も異なるのが当然です。フェスで定番曲を外すことは、アーティストが「自分たちはもう、あの頃のままではない」という変化を宣言する行為でもあります。過去の自分たちを否定するのではなく、今の自分たちを肯定するためのプロセスです。
ファンの中には、昔のスタイルを好む人もいれば、新しい挑戦を支持する人もいます。定番曲を外すことで、その変化をダイレクトに提示し、自分たちの「今」を理解してくれるファンを選別しているという側面も否定できません。これは、長く活動し続けるために必要な脱皮のようなものです。常に新陳代謝を繰り返すバンドこそが、時代に流されずに生き残っていきます。
新しいサウンドスケープ(音風景)を提示し、観客の耳をアップデートさせる。それはアーティストにしかできない教育的かつ芸術的なアプローチです。定番曲に安住せず、常に未知の領域へ踏み出そうとする姿勢を見せることで、ファンも共に成長していくことができます。セットリストは、アーティストとファンが共に歩む道のりを示す指標なのです。
定番曲を外す決断がもたらすライブ現場の熱量と反応

実際に会場にいる時、期待していた曲が流れないと気づいた瞬間の空気は独特です。しかし、そこから立ち上がってくる熱量こそが、ライブという生の体験の真髄でもあります。現場で何が起きているのか、そのリアルな反応を探ってみましょう。
イントロで予想を裏切られる瞬間の興奮と驚き
ライブの最大の快感は、イントロが流れた瞬間の「衝撃」にあります。定番曲のイントロであれば安心感のある歓声が上がりますが、予想外の曲、あるいは全くの新曲のイントロが流れた時は、一瞬の静寂の後に地鳴りのような驚きの声が上がります。この「予測不能な感覚」こそが、ライブを刺激的なものにします。
観客は常に、自分たちの想像を上回る何かを求めています。定番曲を外すという裏切りは、ポジティブな意味でのスパイスとなります。予定調和が崩された瞬間、観客の集中力は一気に高まり、ステージ上で何が起きているのかを一音も逃さないように見つめるようになります。その張り詰めた空気感は、定番曲の合唱では得られない種類の熱狂を生み出します。
「今日は何をやってくれるんだろう?」というワクワク感が最後まで続くライブは、満足度が非常に高いものです。アーティストが用意した驚きの仕掛けに翻弄されること自体が、エンターテインメントとしての喜びなのです。期待を裏切り、想像を超える。その繰り返しの先に、伝説的なステージが生まれます。
定番曲がないからこそ際立つパフォーマンスの質
定番曲という「最強の武器」を使わずに会場を盛り上げるためには、圧倒的な演奏力と表現力が必要になります。曲の知名度に頼れない分、一音一音の説得力や、メンバー同士のアンサンブル、フロントマンの立ち振る舞いなど、バンドとしての純粋なポテンシャルが試されます。その結果、普段以上に気合の入った、質の高いパフォーマンスが繰り広げられることになります。
観客もまた、曲を知っているかどうかにかかわらず、目の前のパフォーマンスそのものに圧倒されます。良い曲、良い演奏は、予備知識がなくても心に響くものです。定番曲なしのセトリで大成功を収めたライブは、そのバンドが音楽的にいかに成熟しているかを雄弁に物語ります。技術と情熱だけで会場を支配する光景は、まさに圧巻の一言です。
また、定番曲がないことで、セットリスト全体の流れ(ストーリー)がより際立つようになります。ヒット曲を点として配置するのではなく、全体の構成を一続きの作品として見せることができるからです。一曲一曲が有機的に繋がり、クライマックスへと向かっていく。その緻密に練られた構成こそが、プロの仕事と言えるでしょう。
ファン同士で意見が分かれる「賛否両論」の意義
定番曲を外したセットリストは、ライブ終了後に大きな議論を呼びます。「あの曲を聴きたかった」と嘆く声もあれば、「攻めたセトリで最高だった」と称賛する声もあります。このように意見が分かれること自体が、そのバンドが今もなお刺激的な存在であることの証明です。誰もが満足する無難なステージよりも、誰かの心に深く突き刺さり、誰かにとっては不満が残るような尖ったステージの方が、結果として長く記憶に残ります。
議論が起こるということは、それだけ多くの人がそのバンドに期待し、真剣に向き合っているということです。ファン同士がSNSや飲み会で「なぜあの曲をやらなかったのか」と考察し合う時間は、フェスの後の大きな楽しみの一つです。アーティスト側も、こうした反応が起きることを織り込み済みでセトリを組んでいます。波風を立てることを恐れず、常に問題提起をし続ける。それがロックバンドの本来の姿でもあります。
「賛成」も「反対」も、どちらもバンドへの愛があるからこそ生まれる感情です。定番曲を外すという選択は、ファンを甘やかさず、対等な関係で音楽を楽しもうというアーティストからのメッセージでもあります。予定調和を壊した先にある新しい対話。それこそが、ライブ文化を豊かにしていく原動力なのです。
| 観客の反応 | 心理的要因 | 得られる体験 |
|---|---|---|
| 驚き・困惑 | 予想とのギャップ | ライブの鮮烈な記憶 |
| 集中力の向上 | 知らない曲への好奇心 | バンドの実力の再発見 |
| 議論・考察 | 意図を知りたい欲求 | ファン同士の深い交流 |
特定の曲に依存しない「バンド力」の証明
ある特定の曲が爆発的にヒットすると、どうしてもその曲のイメージがバンド全体を覆い尽くしてしまうことがあります。それは幸運なことである反面、アーティストにとっては呪縛になることもあります。フェスでその曲を外すという行為は、その呪縛から逃れ、自分たちが一つの楽曲以上の存在であることを証明するための戦いでもあります。
「あの曲がなくても、自分たちはこれだけの人を踊らせることができるし、これだけの感動を与えることができる」。その手応えを掴むことは、バンドの寿命を延ばすことにも繋がります。特定の曲への依存度を下げることで、音楽的な自由度が増し、より長く、より多様な活動が可能になるからです。定番曲を外すことは、未来の自分たちを守るための防衛策でもあるのです。
観客にとっても、そのバンドの「看板」以外の魅力を発見する絶好のチャンスです。定番曲の陰に隠れていた名曲たちが、スポットライトを浴びて輝き出す瞬間。それを見届けることができるのは、あえて定番を外したライブならではの特権です。バンド力が証明されたステージは、観る者に深い満足感と尊敬の念を抱かせます。
アーティストが定番曲を外す時に考慮するリスクとバランス

もちろん、アーティストも無鉄砲に定番曲を外しているわけではありません。そこには多くのリスクが伴い、それらをいかにカバーするかという繊細なバランス感覚が求められます。プロフェッショナルな現場で行われている、セットリスト決定までの葛藤を推察してみましょう。
初めて見る層が「置いてきぼり」になる可能性
最大の懸念事項は、やはりライト層の離脱です。フェスは新しいファンを獲得する最大のチャンスですが、そこで一曲も知っている曲が流れないと、観客は興味を失って別のステージへ移動してしまう可能性があります。この「置いてきぼり」のリスクをいかに軽減するかは、セットリスト構成の肝となります。
定番曲を外す代わりに、非常にキャッチーな新曲を配置したり、カバー曲を取り入れたり、あるいは圧倒的なMCやパフォーマンスで視覚的に惹きつけたりと、何かしらの「フック」を用意するのが通例です。「曲は知らないけれど、このライブはすごい」と思わせることができれば、定番曲を外したリスクは成功に変わります。知名度に頼らない、直接的なコミュニケーション能力が問われる場面です。
また、セットリストの順番も重要です。冒頭でしっかりと心を掴む演出を行い、中盤でディープな世界を見せ、最後は誰もがノれる楽曲で締める。そうした構成上の工夫によって、定番曲がなくても満足度の高いパッケージを作ることができます。リスクを承知の上で、それを上回る価値を提供できるという自負があるからこそ、定番曲外しが成立するのです。
プロモーターや運営側とのコミュニケーション
フェスには多くの大人が関わっています。プロモーターや主催者側としては、当然集客のために有名なヒット曲を演奏してほしいという期待を持っています。アーティストが自分の意志だけで勝手にセトリを決めているわけではなく、時には運営側からの要望や、イベントの趣旨との兼ね合いを考慮することもあります。
それでも定番曲を外す場合は、アーティスト側がその理由を論理的に説明し、納得してもらう必要があります。「今の自分たちの勢いを見せるためには、この曲が必要なんです」「この後のワンマンに繋げるために、あえて今回はこうしたい」といった、クリエイティブな対話が行われています。フェスのステージは、アーティストと運営側の信頼関係の上にも成り立っているのです。
特にトリを務めるようなヘッドライナーの場合、その責任はさらに重くなります。会場全体の多幸感を最大化させる役割を担っているため、定番曲を外す判断は非常に重いものになります。しかし、そこで誰もが驚くような新しい提示をすることが、フェス自体のブランド価値を高めることにも繋がるため、お互いのビジョンを共有することが不可欠です。
ヒット曲の再解釈やアレンジによる折衷案
定番曲を完全に外すのではなく、原曲の形を大幅に変えて演奏するという「折衷案」もよく取られます。メロディや歌詞は知っているけれど、サウンドは最新のモードになっている。あるいは、アコースティック構成にしたり、ダンスミュージック的なアプローチを加えたりすることで、新鮮な驚きを提供しつつ、ファンの「聴きたい」という欲求にも応える方法です。
これであれば、ライト層は知っている曲として楽しむことができ、コアなファンは「こんなアレンジがあるのか!」と驚くことができます。定番曲という素材を使いつつ、今の自分たちの感性を注入する。これは非常に高度な音楽的スキルが必要ですが、フェスにおいては非常に効果的な手法です。過去と現在を繋ぐ架け橋となり、ライブの質を一段階引き上げます。
アレンジを変えることは、アーティストにとってもその曲を再び新鮮な気持ちで演奏するための手段になります。楽曲はリリースされた瞬間に完成するのではなく、ライブの場で進化し続けていくものです。定番曲をそのまま演奏するのではなく、常にアップデートし続ける姿勢こそが、一流の証と言えるでしょう。
定番曲を「そのままやらない」という選択肢には、いくつかのパターンがあります。
・完全にセトリから排除する(ストイック派)
・別のアレンジで披露する(進化派)
・新曲の中にそのエッセンスを忍ばせる(実験派)
どの手法を取るかに、アーティストの性格や戦略が色濃く反映されます。
定番曲を「演奏しない自由」とファンへの誠実さ
究極的に言えば、どのようなセットリストを組むかはアーティストの自由です。ファンはチケットを買って期待を持って来場しますが、アーティストはそれに応える義務がある一方で、自分の芸術性に嘘をつかない義務も持っています。定番曲を演奏しないことが、ファンへの「不誠実」にあたるかどうかは、そのライブの熱量次第です。
もし、定番曲をやらないことで手抜きをしていると感じさせてしまったら、それは不誠実と言えるでしょう。しかし、定番曲を外してでも伝えたい何かがあり、それを全身全霊で表現しているのであれば、それはファンに対するこの上ない誠実さの表れです。「媚びることなく、今の自分たちの最高を見せる」という姿勢こそが、ファンが最も望んでいることであるはずだからです。
アーティストとファンの間には、音楽を通じた一種の「信頼関係」があります。その信頼があるからこそ、アーティストは大胆な挑戦ができ、ファンはその挑戦を受け入れることができます。定番曲を外す理由は、ファンを裏切ることではなく、ファンと共に新しい景色を見るための一歩なのです。その覚悟を受け止めることも、ライブを観る側の楽しみの一つと言えるのではないでしょうか。
フェスのセトリから定番曲を外す理由はアーティストのさらなる挑戦の証
音楽フェスという晴れ舞台で、あえて定番曲をセトリから外すという選択。それは決して気まぐれや怠慢ではなく、アーティストが自分たちの音楽と真摯に向き合い、常に進化し続けようとする強い意志の表れです。過去の成功に安住せず、今の自分たちが鳴らすべき音を信じてステージに立つ姿こそが、多くの人を惹きつける源泉となっています。
最新曲を届けたいという熱意、限られた時間の中で最大限のインパクトを残そうとする工夫、そしてファンを驚かせ、より深い世界へ誘おうとするエンターテインメント精神。それらが複雑に絡み合い、あの日、あの場所でしか聴けない特別なセットリストが作られています。期待していた曲が聴けなかったとしても、その代わりに提示された「今の音」に耳を傾けてみてください。そこには、バンドがこれから向かおうとしている未来のヒントが隠されているはずです。
次にフェスへ足を運ぶ際は、ぜひセットリストの意図を考察しながら楽しんでみてください。「なぜこの曲を選んだのか」「なぜあの曲をやらなかったのか」という問いを立てることで、アーティストの想いがより鮮明に見えてくるでしょう。定番曲があってもなくても、全身全霊で音楽を鳴らすアーティストたちの挑戦を、私たちは全力で受け止めていきたいものです。


